がうす通信第59号(2003/02/18)


   対策より隠蔽を選ぶ文部科学省評価部会
「高圧線の電磁場で白血病リスク」調査結論

科学技術庁(当時)が予算をつけ、国立環境研究所が中心となって行われてきた疫学調査
の最終報告が1月28日「研究成果の概要」として発表された。(6ページのみが文部科学省の
サイトにある。http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chousei/f_hyoka030129.htm

 高圧送電線などから発生する超低周波の電磁場と小児白血病などとの関係を調べるため、
99年から行われてきた調査ですでに2002年3月の時点でまとめられていたもの。

 4ミリガウス(0.4μT)でリスクが有意に上昇するということは、中間発表としての朝日新聞の
報道などでも明らかにされていたが、文部科学省の評価部会の評価が引き伸ばされ、ようやく
「概要」ながら最終報告が出されたものである。

 しかし直後、評価部会による「事後評価」というものが出された。これがこの研究そのものを否
定しつくす内容であったので、その意味について『週刊金曜日』2月7日号に荻野晃也博士の
手記を了解のもと掲載させていただいた(5ページから)。

 「研究報告概要」の中の本文

生活環境中電磁界による小児の健康リスク評価に関する研究

研究成果の概要

 得られる結果は、一般生活中の磁界の安全性評価に直結していることから極めて大きな社会的反響が予想されたこと、また、この種の調査を基本とする疫学調査は全体の調査が終了しなければ解析できなかったことなどから、他の研究とは大きく異なる基本的条件があった。昨年度の中間評価の時点では、訪問と測定の各データの質をチェックして結合しさらに解析しても、不確実性の大きなデータであるので公表は基本的に困難であった。

 本疫学調査では、基本的に、総合事務局(国立環境研究所)および調査中央事務局(国立がんセンター)を中心に調査対象者の選択を行い、北・南関東ブロック(国立小児病院と自治医科大学)、関西・中部ブロック(富山医科薬科大学と京都大学)、中国・四国ブロック(広島大学)および九州(産業医科大学)の地域事務局においてそれぞれのブロック内の症例・対照について訪問調査および磁界測定を進めた。結果、全国245の病院ネット(サテライト施設は含まず)が構築され、2002年3月までの2.3年間に、全国で発生した初発の小児白血病(急性リンパ性白血病(ALL)、急性骨髄性白血病(AML)及びその他)約1440例の性別、診断時年齢及び担当病院の情報がリストされた。調査は2002年3月をもって地方事務局を閉鎖・終了し、その後のデータベースの作成と解析を行い現在に至っている。

 なお、対象者(小児白血病の症例・対照)の選択プロセスの概略は以下のとおりであった。訪問調査対象地域として設定した「キャッチメントエリア(図1)」内の役800例に担当医を通して調査を依頼し、約390例から参加承諾を得た。そのうち70例については訪問と測定のいずれかのデータが得られなかった。一方、対照者は、各症例1につき10名の候補を、最初作っておいた123,000名のランダムサンプルリストの中から、性・年齢・居住地の人口規模をマッチングさせて、ランダムに選出して調査協力依頼書を送付した。全体で約3,800名に依頼し約1,100名から承諾を得た。そのうち、訪問と測定の両データが揃ったのは約630名であった。以上の、症例対照者のうち、欠損値などによる症例対照のマッチングが崩れた例などを除外したため、解析対象者は最終的に症例約310例、対照者約600例となった。(対象者選択のプロセスは図2に示す)。

 したがって、有効な解析対象者数はかなり少なくなったが、これまでの諸外国の調査と比較した場合、英国の全国調査、米国の国立がん研究所の調査に次いで3番目のサイズである。また、当初計画したように@子供部屋の磁界を1週間測定、A診断日から測定調査の期間を最短化(平均1.1年を実現)さらに、B症例対照の測定タイミングをマッチ(一週間のマッチングが80%となっている)、などが実現された。これら方法の改良によって、得られたデータは、これまでの疫学調査の結果と比較して安定した解析結果が得られていることが直接間接に確認されている。それら結果については、現在国際雑誌に投稿中である。

 なお、結論の概要として、最初に述べたプール分析の結果と同様、子供部屋の平均磁界レベルが、0.4μT以上のみでリスクが有意に上昇するパターンを示すこと、また、それ以下の磁界レベルではリスク上昇傾向は認められないことが示唆されている。さらに、新たな知見として、ALLではリスクが示唆されるが、AMLではリスク情報が認められない。なお、AMLの症例数は約60、その対照者数は約100程度と少ない傾向があり、結果の安定性に若干問題が残る。

 一方、脳腫瘍の症例対照研究は、「方法と対象者」の詳細はここでは省略するが、最終解析段階にあり、近日中に論文投稿予定となっている。なお、脳腫瘍の症例数は、AMLと同じ60名程度であり、最終的に有意なリスク上昇傾向が認められたとしても、選択バイアスなどの影響を排除しきれない可能性が残る。脳腫瘍は約300症例がリストされたが、昨年度の中間評価の後、小児白血病の訪問調査例を増加させるためやむなく調査を中止した者が含まれている。

 

科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 研究評価部会 

健康・医療研究評価WG委員名簿50音順,敬称略)

主査 田中 平三   独立行政法人 国立健康・栄養研究所理事長

犬伏 由利子 消費科学連合会副会長

    小田 光茂   宇宙開発事業団技術研究本部システム誘導グループ主任開発部員

    小野寺 節   東京大学大学院農学生命科学研究科教授

    上野川 修一  東京大学大学院農学生命科学研究科教授 

    小濱 啓次   川崎医科大学救急医学教室教授

    佐藤 知正   東京大学大学院情報理工学系研究科教授

    多氣 昌生   東京都立大学大学院工学研究科教授

    田嶋 尚子   東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科教授

    林   勝彦   NHKエンタープライズ21エグゼクティブ・プロデューサー

    眞柄  泰基  北海道大学大学院工学研究科教授

    丸山  一郎  埼玉県立大学教授

    吉岡  亨    早稲田大学人間科学部教授

    渡邊  正巳  長崎大学大学院医歯薬学総合研究科教授


電磁波で小児白血病が2倍増

確認の研究継続させない文部科学省  荻野晃也

電磁波と小児白血病の関連が濃厚であることを明らかにした研究報告書に対し、文部科学省
は最低の評価を下した。これによってこの調査は、これ以上続けられないことになった。

電磁波の影響が世界的に注目されている今、なぜ日本だけが逆行した態度をとるのだろうか。

今月末、ルクセンブルクで世界保健機関(WHO)主催の「電磁場への予防原則の適応」と
題する国際会議が開催されます。この会議で予防原則が取り入れられた場合、電磁波の基準
値を大幅に下げざるを得なくなり、今年中に発表されるWHOの「環境健康基準(クライテリア)」
が厳しくなると予想され日本でも動きが活発化しているのです。

WHOに依頼された研究

1996年、WHOは電磁波に関する「クライテリア」の見直し作業を開始しました。そして、日本に対しても疫学研究を行うよう依頼があったのです。

本来、WHOとの窓口は厚生省(現・厚生労働省)のはずなのですが、なぜか通産省(現・経済産業省)の下部組織と言ってもよい科学技術庁(当時)の費用で、研究が行われることになりました。

WHOの協力研究所である国立環境研究所で電磁波の生体影響を研究していた兜真徳・主任研究官が責任者となり、99年から3年間におよぶ第T期の疫学研究が開始され、11の機関が参加し、総額7億2125万円の費用が投じられました。

この兜班の研究は、通産省などの監視下で行われているだろうと私は推察していましたから、本当に客観的な研究ができるかどうか不安でした。研究に助言するらしい外部の委員会のメンバーには、電力会社側に立っていたとしか思えない研究者が何人も参加していたからです。

疫学研究は長期にわたる研究になるのが一般的で、私にはこんな短期間(実質2年半)で成果が出るとは思えなかったのですが、いずれにしても第T期は昨年3月に終了したはずなのに、その結果がなかなか発表されないのです。

それが昨年8月ごろになってやっと、研究結果が政府や電力会社にとって具合の悪い内容になっていると推察できるような噂が私の耳にも入ってくるようになりました。

そんな矢先、この研究結果が『朝日新聞』(昨年8月24日付)の1面に大きく「電磁波で小児白血病増」「全国初調査」「WHOと一致」と報じられたのでした。2001年10月には、WHOが「発ガンの可能性あり」「4ミリガウス以上の被曝で小児白血病が2倍に増加」との発表をしていたのですが、兜班の研究もそれと一致したことを報道したのです。

電力会社などは「中間報告であって最終報告ではない」と冷静なポーズでしたが、この報道の影響は大きく『サンデー毎日』は「小児白血病倍増で論争決着へ!」「電磁波から家族を守る法」と特集まで掲載したほどです。

このような状況ですから、最終報告が一体どのようになるかに注目が集まったことは言うまでもありません。第U期の研究継続がまだ承認されておらず、その決定は第T期の評価を得て決まることになっていたからです。その評価が先月28日、文部科学省から発表されたのです。

評価はすべて最低

文部科学省が評価した報告書「平成14年度科学技術振興調整費」「中間・事後評価報告書」(以下「報告書」http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chousei/f_hyoka030129.htm)の内容を『朝日新聞』のみが先月29日に社会面で「小児白血病と電磁波の関連」「急性リンパ性で顕著」と報じました。

その記事に対して文部科学省は、「本日、朝日新聞34面に記載されている記事は、この参考資料を元に書かれているようですが、本報告書の趣旨である、前半の評価の内容については記載されていません」と言い、「文部科学省が、有意なリスクがあるとの研究結果を発表した」との一部報道に「報道は事実誤認であり、大変遺憾」と、『朝日新聞』を批判したのです。

『朝日新聞』は参考資料中にある兜班の疫学研究の「成果概要」を報じたのですが、私たちの知りたいことも、研究内容であって研究に対する評価ではありません。その概要によると、小児白血病のみならず小児脳腫瘍まで、電磁波の影響で増加している可能性も指摘しているのです。

今まで世界中で行われた60件を超える疫学研究と同じ傾向を示していて、まさに「真実は一つ」と納得したのです。しかし、その報告書の前半の評価の内容を読んでいるうちに腹立たしい思いにかられたのでした。

この兜班の研究は第T期であり、さらにくわしい研究をすれば、もっと高い危険性を示すかもしれないという段階であるのに、なんと「第U期の研究をさせない」との決定が、「報告書」の事後評価だったからです。

それぞれの研究に対して、abcの3段階で評価され「a十分、bマアマア、c不十分」といった分類なのですが、兜班への評価は11項目すべての項目が「c評価」なのです。つまりなんと「0点」評価。私はそれを読んで絶句しました。

評価の「総評」には「十分な症例数があるとは言い難く、本研究のみにて健康リスク評価を行うのは不適切である」「電磁界の発生源が特定されておらず、また高圧線との関係について検討されていないにもかかわらず、研究者がそれについて言及していたことは誠に遺憾である」「研究代表者の指導性、研究体制の連携・整合性についても不十分であった」とあり、とにかくボロクソです。

「電磁界の強度が我々の健康にどのような影響を与えるか明確に出来る研究展開が望まれたにもかかわらず、電磁界の健康影響を推測するには非常にあいまいな調査結果に終わった」とまで書かれているのを読んで、「影響が見られなかった」との「明確な結論」のみをこの研究に期待していたのではないかとすら疑ったのでした。

予定通りに第U期の計画を実施すればさらに明確な悪影響が示されることを恐れ、「オールc評価」を下し、研究をストップさせ、「いい加減な研究であるから信用できず、国としてもこの研究結果で左右されない」という方向へ逃げを打つことにしたとしか私には思えません。

この研究は症例数が約312例、対象数が約603例もあり、60件以上ある疫学研究の中でもきわめて優れた内容なのです。また、文部科学省がこの研究の具体的な内容を今年の9月末まで発表しないというのもおかしな話です。つまり、国民に内容を知らせないでいて、「ゼロ点評価」のみを知らせているのです。

「政治的な」評価判定

あまりにも疑問点の多い評価内容なので、評価委員の名前を調べてみましたが、さらに愕然としました。私は電磁波問題に長い間関心を持ち続けていますから、研究者の名前もある程度は知っています。

しかし、知っている名前は多氣昌生・東京都立大学教授たった一人でした。しかも多氣教授は「電磁波安全説学者の代表」と言ってもいいような政府・企業よりの人だと思われるのです。そのような人が委員になっていることを知り、この「報告書」の評価判定が「きわめて政治的」と確信したのでした。

私たちが知りたいのは、「客観的な事実」です。わずか3年間でこのような難しい疫学研究を行ってきた兜班メンバーに同情すら感ずるほどです。研究結果が不十分なのであれば、さらに費用を追加して研究に協力したらよいのです。

高圧線の真下に民家があるという海外では考えられないこの日本で行なわれた重要な疫学研究なのですから、中止すべきではありません。この研究に関するすべての真相を明らかにしてほしいと願わずにはおれません。おぎのこうや・京都大学工学研究科講師 (以上『週刊金曜日』2月7日号)

WHOが「電磁場への予防原則の適応」を検討

1222日荻野博士から電磁波問題での論争の歴史や最近の研究報告の背景などを詳しくお話し下さいました。そのうちの後半を要約させていただきました。】

 アメリカとしてもWHO待ちです。会計検査院・GAO報告書(1994年)によると電力会社は年間対策費10億ドル(約1200億円)使っています。電力会社の送電線敷地端で2ミリガウス以下に規制すると2500億ドルつまり30兆円かかるそうです。これでは住宅を移転したほうがずっと安くなります。アメリカのように電線の下は電力会社の土地でもこれだけかかるのですから日本では100兆円はかかるでしょう。

 また全米科学アカデミーの報告書が1996年に発表され、これには電力会社(日本の)が大喜びしてビラにして配っています。(日本のマスコミも、これを「電磁波影響証拠なし」とニュースにしました)しかし国際非電離放射線防護委員会ICNIRP1998年の報告書では「全米科学アカデミーは送電線付近に住む子どもは白血病のリスクが高いように思われると結論した。」といっています。これの後、語報道したマスコミが訂正したとは聞いたことがありません。1998年のラピッド報告以降でようやく報道も少しましになってきました。

 米国立環境衛生科学研究所NIEHSの諮問委員会は、IARC(国際がん研究機関)のがんの分類をそのまま使用したのですが委員28人中19人が「発ガンの可能性がある」という「2B」指定にしたのです。子どもに白血病のリスクがあるかどうかについても投票があり、20対6で圧倒的に「証拠あり」でした。ラピッド計画の最終報告は4ページほどのものだったそうですが、けんけんがくがくでどういう内容かもわからないままお蔵入りとなっていますが、これもWHOの最終報告待ちになっています。

 WHO2003年中には低周波について、高周波については2006年に報告書を出す、ということになってきました。日本も当初は及び腰ではありましたが参加を決めました。WHO自身は全会一致をむねとすることになっていますのでどのような結果になるのでしょうか。

 WHOのブルントラント長官は20037月で任期が終わります。再選されることはありませんが1月末に選挙があるはずです。誰が次に局長になるのでしょうか。それほど喜べる状況ではありません。次の事務局長の時にアメリカがどう行動するかです。(注:1月末に日本などの支援もあって韓国の部長さんになりました。奥さんは日本人で日本語も上手だそうです。)

 そんな状況の中で日本の研究が重要になってきました。WHOから委託されている日本とイタリアの疫学研究がまだ発表されておらず、その発表の結果を受けて最終的な報告書にもり込まれることになります。

 アメリカのカリフォルニア州はラピッド計画の終わりころから平行した研究を続けており、2002年秋にそれが発表されました。3人の委員がいくつかの病気に対して原因になっているかどうかの点数をつけました。100点はありませんが、小児白血病は549565点、となっています。しかし州に対する勧告は含まれていません。2002年で最も話題になった研究がカリフォルニア州の支援で行われた流産の研究でした。16ミリガウス以上の被曝で初期流産が57倍にも増加したのです。16ミリガウスという常時被曝でなく時々、定期的に被曝する場合に流産が増えるという結果なのです。

 日本の疫学研究は99年から調査が開始されました。その内容が2002年8月24日の朝日新聞に掲載されました。日本が一番電磁波被曝量の多い研究ができますので量に応じて白血病が多くなっているかどうかです。2ミリガウスぐらいまではあまり上がっておらず4ミリガウスから上がっているようです。閾値があるのかどうか、閾値がなければどこまで下げなければならないか、リニアな関係(量‐反応関係が直線的)かどうかの結論をWHOが日本に一番期待していたのです。日本がどのようにしているのかあいまいにしているのかそのあたりが大問題です。

 日本の研究は2003年の1月中には何らかの報告があるはずですが、これは事実報告でなく政策的な報告になりそうです。なぜなら最終的なデータなどは9月までに発表するといっていますので。

 またWHOの責任者はカイフェッツ博士になりました。彼女はレパコリ博士よりましかもしれません。「予防原則はとらず、科学的な確定したところで決める」とレパコリ博士は述べていました。これでは確定しなければ基準にならないことになります。このことが批判を受けてカイフェッツ博士に変わったのです。彼女は米国の電力研究所EPRIの責任者であり、IARCなどの委員にもなっている人です。EPRIの研究者ではありますが、いろいろな論文を見ると案外まじめに報告を出しているようです。

 2月24日からルクセンブルクで「電磁場への予防原則の適応」と題するWHOの国際会議があり、電磁波過敏症のワークショップも開かれることになっています。予防原則的な考え方を取り入れるかどうか、EU2000年にこれを取り入れ環境問題に対処することを決めていますが、それに一番反対しているのは日本とアメリカです。その議論が会議でされることでしょう。予防原則を加味すれば、基準を下げざるをえなくなります。そこで日本とイタリアの研究が発表されるはずです。

 予防原則は環境問題についての21世紀の基本原則だと思います。「胎児の立場で考える」ということも予防原則の一つです。電磁波問題では、この予防原則をいろいろな問題、低周波だけでなく高周波でも取り上げられています。今年の5月にEUの環境庁の報告書では、初期の警告を無視したことの結果を取り上げています。電磁波問題でEUはもう予防原則でなければ、という姿勢になっています。イタリアの自治体では2ミリガウスを採用したりしていますしスイスでは10ミリガウスと決めています。厳しい基準値にどんどんやっていくようにすべきです。これに足を引っ張っているのが残念ながらこの日本で、われわれはこれに対抗してやっていかなければならないというのが私の結論です。

疫学調査の意味と予防原則について

                      上田昌文(市民科学研究室 代表)

【「科学と社会を考える土曜講座」は12月に「市民科学研究室」と名称を変え、事務所を文京区本郷に開いた。その代表の上田昌文さんに電磁波問題での疫学調査と予防原則の適用についてお話しいただいた。以下要約。】

 疫学は予防原則的な考え方と強く結びついている研究です。バイアスや交絡因子などの問題もあるし、お金も時間もかかります。限界はありますが、複数のデータを束ねるプール分析なども行いながら、証拠の度合いを高めていくということが重要です。

 リスクの深刻さ、被害の程度等を判断する場合には科学的な不確実性の度合いを考慮に入れ、その不確実さを前提にして対処していかねばなりません。

 電気を使用することの便益(ベネフィット)と電磁波対策などの設備にかかる費用(コスト)を比較計量してことを決めるという考え方があります。実際は、コスト計算は、“金に換算できること”しか扱わないまやかしの計算であることが多いのです。このあたりのまやかしに足をすくわれないように、私たちはよく勉強し、政府に予防原則的な対応を求めていきたいものです。

 実際に予防原則の考え方を使って過去を分析したらどうなるかについて、欧州環境庁(EEA)環境問題報告書No.22「初期計画からの遅れた教訓」18962000があります。もし歴史的な事象に当てはめてみたときに何が足りなかったのか何が見ぬけなかったかを詳しく分析しています。代表的な14の事例を紹介しています。

14の歴史事例

1)漁業の崩壊:乱獲

2)放射線:初期警告と影響の遅れ

3)ベンゼン:欧州の労働基準設定における歴史的認識

4)アスベスト:神秘的な力から邪悪な鉱物へ

5)ポリ塩化ビフェニル(PCBs)と予防原則

6)ハロゲン含有炭素化合物:オゾン層と予防原則

7)ジエチルスチルベストロール(DES)物語:胎内曝露の長期影響(妊婦に対するDES使用の認可)

8)成長促進抗生物質:常識への抵抗

9)二酸化硫黄:人の肺の保護から遠方の湖の回復まで

10)ガソリンの添加剤として使用される鉛代替品メチル‐t- ブチルエーテル(MTBE

11)五大湖の化学物質汚染における予防原則と初期警告

12)トリブチルスズ(TBT)防汚剤:鉛、巻貝類、インポセックスの物語

13)成長促進ホルモン剤:予防原則あるいは政治的リスクアセスメント

14)「牛海綿状脳症(BSE1980年代〜2000年:繰り返しの「安全保証(安心)」がどのようにして「予防」をないがしろにしたか

 

研究課題として次の4つを取り上げています。

1)潜在的な有害性に関する信頼できる科学的な「初期警告」の最初の時期

2)規制当局などによる主なリスク削減活動(もしくは不活動)の時期と内容

3)規制当局などによる活動(もしくは不活動)の結果生じた費用/便益(関連した集団の間の費用/便益の分布と時期を含めて)

4)これらの事例研究から導かれ、将来の政策決定に役立つであろうと思われる教訓

どういう教訓を引き出しているかについて、12の教訓が紹介されていますが、そのうち

2)長期にわたる環境と健康の適切なモニタリングや研究

とあるが、たとえば電磁波についてモニタリングは行われていません。

4)研究における学際的障壁の存在と確認と削減

とあり、狭い専門領域の中でしかものを見られないので、実際に問題が発生した際に危険を見逃してしまったという事例は、日本にもたくさんあります。

8)専門家の見解とともに一般の市民や地域住民の知識の活用

とあるが、これまで実際に被害を訴える地域の住民などに耳を傾けるべきという教訓は、まだ十分生かされていないと言えるでしょう。

9)様々な社会集団の考え方や価値観の十分な考慮

とあり、公共性・中立性の高いはずの研究に、利害関係を持つ業界人がからんでいたりするのです。利害関係からどれだけ独立させるかが重要な課題です。

 予防原則を考えるとき、情報公開ということがあります。電磁波の問題でいかに情報が公開されていないか、日本は英国などに比べ大きく遅れています。予防原則を求めようにも、とっかかりがつかめない現実があるのです。その辺をひっくり返していかなかればならず、そのレベルにいるのだということを知らなければなりません。

 ヨーロッパが予防原則を適用して様々な政策を決めていこうとしているので、それを私たちの個別のケースに当てはめてみてどう生かせるか、私たちも考察を深めながら市民に情報を提供していきたいと思います。

【予防原則について詳しくは当日の資料、レジュメ、また荻野博士が雑誌『アソシエ』2002No.10に書いているレポートも参照】