がうす通信第110号(2011/8/6)


放射能から子どもたちを守るために

     避難のネットワークを

はじめまして。福島県三春町から5月10日に東京に避難してきたマシコと申します。
主人と義理の父母を福島に残し、小学校一年生の娘と二人だけで避難生活を送っています。
  福島県三春町は原発から約50キロの地点にあり、日本三大桜の三春滝桜が有名です。わたくしは、三春で有機栽培者としての認定を受けて、全国各地にお野菜の宅配業をしていました。
  我が嫁ぎ先は、牛の肥育や、田んぼ、広大な畑を有する代々の農家で、義理の父母、主人、娘と5人家族でした。
  有機栽培の認定を受けるには土壌の改良が重要です。認定までに2年ほど時間がかかり、今年はその認定の年でした。
  4月の末に知人からガイガーカウンターをお借りして自分の畑を計測しますと、毎時1.98マイクロシーベルトありました。自宅の二階でも毎時0.5マイクロシーベルトと相当に高い数値だったことを鮮明覚えています。
  福島では稲の作付けの時期が目前に迫っており、各農家は今後の成り行きをただ待ちわびるだけの状態でした。そんななか、市町村が一斉に近隣の田畑の放射性濃度を計測し、三春の私の住む地域では稲作作付けと畑の農作業のゴーサインが出されましたが、有機栽培を目指していた私にとっては、『本当に安全なのだろうか、、、』素直に身体が動かなかったことを思い出します。
  そして東京避難の前日。業務用の防毒マスクをして、有機栽培の畑にひまわりの種を蒔いてきました。畑のお隣のお宅では、お嫁さんが庭に洗濯物を干していました。福島といえども、放射能に対する危機感は二極化していたのが現実です。
  わたくしが避難を決めた決定的な事柄は、やはり小さな一人娘の健康が心配だったからです。
  娘の通う小学校は校庭の線量は、4/5当時で毎時1.9マイクロシーベルトありました。これは郡山市や福島市の学校に比べたら低いほうです。
  その翌日、6日に予定通り三春町では公立学校や幼稚園の入学式が行われました。震度4程度の余震も日に何度も起こるような時期でした。子供達はマスクをして集団登校し、入学式の翌日から福島県で流通する食材を給食で食べていました。当時から三春の水道水は安全だという情報が防災無線(三春には各家庭に町の無線が設置してあります)からは流れていました。三春の我が家は井戸水だったため、町では検査はしてくれません。安全なのかもわからないまま、義母や主人は飲料したり調理に利用していました。ただ、娘には心配だったので、市販のミネラルウオーターを飲ませるよう努力していました。わたくしの全国のお野菜のお客様が、関西や九州のミネラルウオーターなどをどんどん送ってくださって、当時スーパーでは手に入らなかったミネラルウオーターも娘に与える事ができていました。それを水筒に入れて学校に持って行くよう娘に持たせました。すると、帰りにも水筒の中身がいっぱいなのです。訳を聞いてみると『先生に水道の水を飲むように言われた』というのです。『でもね。ママが水道水は危ないって言うから、水道水のまなかったよ。のどがとっても乾いたけど、飲まなかったよ』と言うのです。幼いこどもに自分の命の選択をさせる事はできません。母親が守らなければ大切な娘を守ってくれる人は何処にもいないと痛感しました。そして、避難を決めたのです。
避難することについて、福島のすべてのご家族は家族間の辛い局面にぶち当たっています。わたくしも、主人を説得するために毎晩言い争いが耐えませんでした。それは、避難した今も同じです。
  一番悩み事を相談したいご主人が、避難には賛同していないケースがとても多いのです。今も福島に残る知人に電話をすると、ご主人の賛同を得られずに、週末避難すらできない子供達がいると聞きました。
  運良く避難できた私が、いま出来る事をやろう!
  何か支援する事はできないだろうか!という想いで、
  このたび【つながろう!放射能から避難したママネット@東京】を立ち上げました。わたくしのように、放射能から自主避難してきたママを中心に、避難後の不安や悩み事を、お互いがつながる事で解決しようというネットワークです。
  また、福島に残るママ達に支援の輪を広げるため、様々な反原発や子供を守る会などとの連携をはかって活動しています。
  今、東京を中心に、福島の子供達を放射能から守ろうとする活動が活発化しています。
  未だ福島の子供達は放射能汚染にさらされています。
  マスクで登校し、体育は体育館で。運動会は中止。水泳指導も中止。お日様の下で元気に遊ぶ子供の声は聞こえません。
  福島の子供達から笑顔が消えぬ前に、放射能のリスクの少ない生活を取り戻したいと願って止みません。
  このたび、ガウスネットさんのお取り計らいで、長期避難の不可能な家庭の子供達をプチ避難させてあげようというプロジェクトが立ち上がりました。
  元気に走り回る子供達のあふれる笑顔を見られることに本当に心から感謝いたします。
  ガウスネットのみな様のご支援があればこそ、福島の子供達に安心してお日様の元で遊ばせることができると思っております。
  放射能は毎時毎日の積算です。今後とも、一人でも多くの福島の子供達の笑顔のために、ご支援くださいますようお願い申し上げます。
  このたびはご支援いただきありがとうございました。

つながろう!放射能から避難したママネット@東京

代表 増子理香http://ameblo.jp/hinan-mama-net/                    hinan_mamanet_tokyo@yahoo.co.jp