がうす通信第105号(2010/10/15)


       [携帯圏外]を求め 長野〜ドコモ本社(東京)ウォーク

                                                              伊那谷の環境と健康を守る会 倉田かおる

  わたしは「電磁波過敏症」を発症しました。隣家に住む女性が発症し、その症状がそっくりだったことでわたしの体調不良が「電磁波のせい」だと知る事ができました。ケータイはもちろん解約。自宅で眠れない、食事もできない、蛍光灯の下では息ができない、PCも使えない、人の集まる場所には行かれない、居場所がない、生きる気力を失う、泣いてばかりいるようになる。一番つらかったことは、共に暮らす家族にその苦しみを分かってもらえないと思った時です。(家族も矛盾の中にいたのです。わかってもらえないとはわたしの思い込みです)そんなときに、わたしを助け支えてくれたのは先に電磁波過敏症を発症し、苦しみを知っている方達でした。塩田さんご一家もそうです。わたしは、圏外でパン屋を営む塩田家にいりびたりになりました。片道30kmの圏外へ足しげく通いました。パンの配達も頼まれるようになりました。塩田さん一家は、いつも私を笑わせ、あなたが必要よと言ってくれました。自分の家族とぶつかり、泣いてばかりいた私に「今は、電磁波のせいで苦しんでいるのね。つらいけど、どんなに倒れても、植物が光を求めて伸びるようにあなたの魂は光を求めて立ち上がる」と言ってくれました。私には、圏外が必要になりました。大きく呼吸できる場所。安心して歩ける場所。そして、話を聞いてくれる人が必要でした。圏外のパン屋さんは、わたしを救ってくれました。そうでなきゃ、わたしは死んでしまっていたかもしれません。現代にうつ病や自殺が多いことが理解できました。

   電磁波問題、環境問題も一緒に、塩田さんと伊那谷の仲間

2009年秋、私は、塩田さん宅の隣の空き家に移り住む計画を立てました。大家さんに交渉し、快いお返事を頂き、圏外ライフを夢見て、空き家の片付けを始めました。そんな矢先に、新しい携帯基地局建設の計画が入ってきました。塩田家から約1500m離れた地点に、ドコモのアンテナです。圏外への引っ越し計画はストップ。圏外を守るための動きが始まりました。署名集め、行政へのはたらきかけ、ドコモへの要請。
  2010年6月、大変強引なやりかたで、基地局は建設され、電波の送受信がはじまり「圏外」が失われました。7月、塩田さんご夫妻は、「もう歩くしかない」とドコモ本社までのウォークを決心しました。地元の友人たちは、電磁波の中、炎天下、東京まで歩くなんてとんでもないと塩田さん夫妻を心配しました。しかし、二人の想いを理解しました。それに添い応援する体制もできました。わたしたちは地元で、現在会員30名の組織「伊那谷の環境と健康を守る会」を立ち上げ塩田さん一家をバックアップしています。塩田さん個人で行政や企業に立ち向かうのに限界を感じたからです。「守る会(略称)」では、電磁波問題に限らず、広く環境と健康に関したことすべてで団結、連携してゆきたいと考えています。
  塩田さんご夫妻は8月13日に高遠町を出発、8月23日には東京のNTTドコモ本社に到着。ウォークを完遂しました。
   「守る会」では、東京から戻った塩田さんにウォークの報告を頂きました。 23日のNTTドコモ本社(山王パークビル27階)応接室での面会についての塩田さんから報告をまとめました。

   ドコモ本社 この対応

  応接室では塩田家3名のほか、当日参加していた「守る会」7名の同席を要求したが、ドコモ側は受け入れず、むだに時間がすぎてしまったため、やむを得ず事務局3名のみが同席することにしました。ドコモ側は今回の担当であるF氏のほか同じネットワーク部の2名とコンプライアンス委員会事務局2名の計5名でした。

 

8月23日NTTドコモ本社のある山王パークビル前に到着した「ウォーク」一行

猛暑の中歩き通しました

  入室の時点で1時25分頃でしたが、入室するなりこの部屋の使用は1時半までの予定になっているといわれ唖然としてしまいました。また、電磁波過敏症の者を配慮して携帯電話の電源を切ってほしいとお願いしたところ、ここは圏内ですからと、いまさら切る必要はないという答えで、電磁波過敏症についてなにも理解していないことがわかりました。数分間の会見中も、ドコモ社員のポケットの中で携帯電話が鳴りました。
  ドコモの説明によると、一般向けのコンプライアンス窓口はないということ、あるのは社内向けと取引会社向けである。今回は特別にコンプライアンス窓口で受け取るということでした。監査役会もないということです。コンプライアンスはわたしたちにとっては全く機能しないということです。7月5日に塩田さんがドコモに提出した要請文の受理が大幅に遅れました。8月9日に受理したとの連絡がありましたが、受理の日付は教えてくれません。遅れた理由は社内の問題でありコメントする必要はないという答えでした。
  多分、要請文をうけとるというのは何かアクションの姿勢をとらないとまずいということだったのだと思います。この状況をみたときに、このまま要請文をおいてくるはおかしいので持ち帰る判断をしました。ドコモの不誠実な対応、なんとかならないか、、、、。
  塩田三枝子さんは「誠実な対応をしてくださるまでは断食してでも待ちます...」といいましたが、ウォークにかけつけたみなさんからもっと前向きにやろうという励ましの声をいただいて信州へと戻ってきました。塩田さんは、憲法25条で保障された「生存権」を生きようとしています。しかし、それは自分たちの利益受益にとどまりません。今後「圏外」を求めてさまよう人がどれだけ増えることでしょう。そのためにも、塩田さんはご自身の生活圏半径500メートルを「圏外」として守る姿勢を変えません。わたしも、そのことに賛同し応援して行きます。
  また、わたしは電磁波過敏症を生き方として選択します。苦しくて行けない場所は増えましたが その分配慮してくれる人々の愛に守られています。
  電磁波の過敏症ゆえに幸せなわたしです。しかし、もうこれ以上の電磁波は浴びたくありません。電磁波」に敏感であることは、今後もわたしの生き方になっていきます。笑顔でユーモアを携えお伝えできるように努力していきます。どうぞ、皆様、お見守りください。
     長野県伊那市西箕輪905-3 ロッジ吹上 倉田かおる yoiface@hotmail.com

  「ウオーク」の報告はhttp://homepage3.nifty.com/vocemf/link54.html