がうす通信第94号(2008/12/15)


「電磁界情報センター」は中立なのか?

 安全論者大久保千代治氏が所長、関西電力が情報調査グループマネージャーでリスクコミュニケーションとは?

リスクコミュニケーションの増進が目的とした「電磁界情報センター」は12月に開設し、早速ホームページを作り、その趣旨を
公表している。その組織の目的と役割について語られているものをよくみてみたい。

業務・組織図には管理職として3人の名前があがっている。

グループ体制と担当業務

情報調査グループ

電磁界情報の収集、整理・分析を行うと共に、電磁界情報のデータベースの構築・維持を行います。

情報提供グループ

電磁界情報の提供を行うと共に、電磁界情報を基にした教育、Q&Aなどの相談業務を行います。

管理グループ

センター業務が円滑に推進するよう経理業務・人事業務などの庶務一般から、契約などの諸手続と管理を行います。

電磁界情報センター所員(管理職)の紹介

センター所長          大久保 千代次 (おおくぼ ちよじ)

情報調査グループマネージャー  世森 啓之 (よもり ひろゆき)

情報提供グループマネージャー  望月 照一 (もちづき しょういち) 

管理グループマネージャー     〃 (兼務)

大久保千代治氏が所長、関西電力の世森世森啓之氏の名前もある。

世森氏は関西で住民に対し技術者として説明にあたり「電磁界の健康被害はないに等しい」と断言していた人だ。

また、「電磁界情報センターの理念・目的・運営方針」のページは次のように記載している。

電磁界情報センターの理念・目的

中立な立場から、電磁界に関する科学的な情報をわかりやすく提供するとともに、「リスクコミュニケーション」の実践を通じて、電磁界の健康影響に関する利害関係者間のリスク認知のギャップを縮小する。

電磁界情報センターの運営方針

1)「専門性」: 国内外の電磁界に関する研究論文、電磁界規制の状況、トラブル案件等を調査・分析できる専門性を確保する。

2)「中立性・透明性」: センターの運営の中立性・透明性は、独立した組織である運営委員会の監査によって確保する。

3)「わかりやすさ」: 状況を知っている、技術を理解できると感じることはリスクを適正に評価することを念頭に置いて、センターの調査・分析・評価結果について、わかりやすい説明を行い、利害関係者間の相互理解の進展に努める。

この通りに「中立性」が準備の段階から設立に至るまで確保されていたのなら良かったのだが、実際はそうではなかった。それは人選の段階ですでに明白である。
 また、「変電所・送電線」のページには以下のような記載がある。
 「電気は、技術の進歩とともにいろいろな目的に利用され、産業の発展や生活の向上に大きな役割を果たし、私たちにとってなくてはならないものとなっています。
 これに伴い、電気を利用した様々な設備(電力供給システム、情報通信システム等)や各種製品(電気製品等)・装置から発生する電磁波(電磁界・電磁場)が、人々の健康に何らかの影響を与える可能性があるのではないかということに多くの人々の関心が集まり、世界中の研究機関などによっていろいろな観点からの見解が発表されています。

ここでは、変電所や送電線をはじめとした電力設備から発生する50Hz(ヘルツ)あるいは60Hz(ヘルツ)の商用周波電磁波と健康影響について不安や疑問に思っている人々に対して、現在分かっている科学的事実を出来るだけわかりやすく正確に伝えるため、基本的な事柄をQ&A方式で説明します。」(下線は筆者)

その後は、これまでの電力会社などの主張と同様の「国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の一般環境のばく露制限値は、50Hzで100μT (マイクロテスラ)、60Hzで83μT (マイクロテスラ)以下にすべきであると提言しています。」といった記載になっている。

これでリスクコミュニケーションは可能なのか?

 つまり「電磁界情報センター」の言う「中立」とは電磁波は安全であるという主張が受け入れやすくするための方便にすぎず、その目的とは、電磁波にはリスクがあると言う市民・住民に電力設備が安全であるということをお知らせしようというものだとしか受け取ることはできない。
 国・経産省が兜研究を隠蔽したことはそのままにし、3〜4ミリガウスでリスクがあるというWHOの見解もないことにし、予防原則を適用するかどうかなどを検討するつもりも最初からさらさらないのでは、同じ方向で何かに取り組むということは不可能ではないか。
 リスクコミュニケーションとは、例えば、ここの電力設備は家に数ミリガウスを浴びせているというような場合に、どのように低減策を講じるか、新たな設備の建設の際に、設備の位置決定を住民の不安に配慮して十分に<コミュニケーション>を取ることが中心的な意味合いとなるべきなのではないのだろうか。
 経済産業省や電力会社と交渉をする際、彼らが前提として我々に認めさせようとすることに「電気は生活にはなくてはならない。電力設備も国民の生活にはなくてはならない。そのことはご理解くださいますね。」というものである。しかしこの前提とリスクを秤にかけること、そしてそのことからリスクを軽いものに評価することは許してはいけない。
 「電気は必要」イコール「電力設備を容認」というわけにはいかない。一方通行ではコミュニケーションにならない。
 電力設備をスムースに建設そりという前提でリスクコミュニケーションを図ろうという「電磁界情報センター」の姿勢は我々としては容認できない。  懸樋哲夫