がうす通信第98号(2009/8/3)


「自然が育む人と文学」

川村晃生慶応大学教授のお話し  ガウスネット総会で

  総会に際し、慶応大学文学部の川村晃生教授に「スピードの原罪―リニアは幸福をもたらすか」と題して講演いただいた。
 教授は自然保護運動をはじめとする市民運動に積極的に取り組んでいる方であり、最近起こっているリニア中央新幹線建設問題でも「リニア・市民ネット」を結成して代表として活躍中。
 専門は文学なので、講演では、文学作品の中から、このリニア問題にも通じる「文明」「科学技術」に関連する言説を解説いただいた。
 現在でも評価されている著名な文学者がその幼少期、少年期に過ごした自然環境がその芸術性や人生の形成に深く関わっていること、小川未明、夏目漱石、寺田寅彦、志賀直哉、坂口安吾、井上靖、らの作品を引用して、彼らの感性が育ってきたのが何によるものかをその作品の中から読み取っていくものだった。

例えば坂口安吾は『石の思い』の中で「学校を休み、松の下の茱萸(ぐみ)の薮蔭にねて空を見ている私は、座して、いつも切なかった。私は今日も尚、何より海が好きだ。単調な砂丘が好きだ。海岸にねころんで海と空を見ていると、私は一日ねころんでいても、何か心がみたされている。それは少年の頃否応なく心に植えつけられた私の心であり、ふるさとの情であった。」と書き、また井上靖は、沼津の千本松公園の詩碑に

「千個の海のかけらが/千本の松の間に/

挟まっていた/少年の日/私は毎日/

それを一つづつ食べて育った」

と書き残して、少年時代を追憶している。

 また、サンテグジュペリの『星の王子様』やミヒャエル・エンデの『モモ』には、「時間の節約」が幸福をもたらさないことが書かれている。
 本川達雄『時間』には、「社会生活の時間もエネルギー消費量に比例する」として、「文明の利器を動かすために、私たちは膨大な量のエネルギーを使っています。(中略)社会生活の時間はエネルギー消費量に比例して速くなる、と考えると、現代の時間は縄文時代の40倍速い、ということになります。(中略)はたしてより速いことは、より幸せなことでしょうか?これほど大きな時間のギャップを抱えていながら、私たちは本当に幸せだと感じられるのでしょうか?」とあって、「時間のギャップが生み出す不幸」が説明されている。
 このようにして自然の対極にある過度な文明、科学技術、都市生活、その象徴としてのリニアなどというものが人の精神や感性を壊していることを論証していった。

 お話のあと、会場からの質問では、「市民運動をしているが、携帯電話もパソコンも持たず、連絡はFAXだけしか使用ない。それは仲間に不便をかけることで、申し訳ないことだと思うのですが、どうすべきなのでしょうか?」とあった。
 これに対して川村教授は、自分も同様ですが、もし携帯電話やパソコンなしで行動をともにできないような市民運動なら所詮それまでの運動なのです。市民運動は価値観の多様性が尊重されなければならない。申し訳ないなどと思う必要はまったくありません、と答えた。